箱根散策・箱根ラリック美術館にてラリックの世界にふれる (2016-09-25)


ブローチ「シルフィード(風の精)」

 前日まで台風の影響で続いていた雨もその日は好天に恵まれ、2016年の企画、箱根ラリック美術館への散策が始まった。
 箱根湯本駅で参加会員と落ち合い登山鉄道へ・・・。久方ぶりの晴天とあって満員の電車は急勾配をスイッチバックしながら重そうにゆっくりと登って行く。車窓には夏の名残の木々が広がり、いずれ紅葉となる世界へと想像を膨らませながら宮ノ下駅に着いた。
 ここで我々は1878年(明治11年)創業のクラシックリゾートホテル「富士屋ホル」で昼食をとる事になっていた。何度か訪れてはいたが、いつ見ても何とも言えないその当時の重厚感である。唐破風の玄関を一歩入ると明治が始まった。多くの困難を越えここにあるホテルは著名な外国人や旅人を迎えてきた。心なしか、かいがいしく動くホテルマン達の足取りもこの歴史を背負い、誇りに満ちているように見える。
 待合室を少々楽しんだ後、メインダイニングに通された会員達は636種の植物が描れた格天井に見入る。食事をとりながらもやはり話題は、この壁面上に飛ぶ多数の鳥や蝶、下部に十二支を中心として彫刻された動物に及ぶ。足元には柱となるトーテムポールの鬼面がにらみを利かし、このメインダイニングを守っているかのようである。贅をつくしたこのホテルの様相と美味なる食事に満腹感を覚えながらホテルを後にした。
 バスで仙石原のラリック美術館に移動中、明治初期に訪れ大正にこの箱根を再訪したフランスのルボン将軍の碑を見落とさぬよう、バスの中から目に緊張感をたぎらせ、“見えた!”否、“見えなかった!”等とそれぞれ声を上げながら仙石原のバス停で降車する。
 目的のラリック美術館は我々をこれから見学する作品へのプレリュードとして、コススや秋明菊、ホトトギス、吾亦紅などの秋の花々で迎えてくれた。そしてチケットを切ったところからラリックの世界が始まる。
 アール・ヌーヴォーとアール・デコの両時代にわたり装飾芸術の世界を広げたフランスのルネ・ラリック(1860〜1945)。この名を知らない人はほぼいないであろう。繊細で優美な名工の創り出すフォルムと線は人々を魅了する。茶匠、小堀遠州は芸術鑑賞にあたって、“偉大な王侯貴族に接するごとくせよ”という言葉を残しているとかの岡倉心の『茶の本』に記していたが、誰もがこれらの神聖な美の作品を前に畏敬の念を覚えるであろう。
 ルネ・ラリックの才能に脱帽である。わけても私は、自然の世界に身を置いて産み出したと見える昆虫や植物の作品に惹かれる。空中を自在に舞い、今にもガラスの中から飛び出しそうな繊細な翅をもつトンボや飛翔の連続のツバメのネックレス、女性と植物を合わせ、その植物の化身のように思われる宝飾品。よくもこのような形に・・・。と感心の連続である。そんな感嘆のため息と共に一歩一歩足を進め、この作品群の終盤にさしかかった時、私の全てを捉えて見入らせるペンダント/ブローチがあった。
それは小さな、本当に小さな変形の枠から奥深い世界が広がっていた。あくまでも静かで、ヒマラヤ杉に降り注ぐ雪は永遠の時を刻む。この小さな世界に自然の営みがあった。周りの事は全て忘れ、只一人私だけがこの世界の中に在るような感覚。
雪の閑かさ
たっぷりの幸福感に包まれながら美術館を出た。過去に旅をして、一度ラリックにお会いしたいものである。
初秋の空気は心地よくこの度の企画の最後にレストランのテラスで、ティータイムを楽しむ。
かながわ日仏協会の企画も回を重ね、以前はまるで知らなかった人々と、こうして同じ時を持ち会話できる事に感謝を覚えながら・・・。箱根を後にした。

会員 YOSHIDA Ikuko


ブローチ「カトレア」

ネックレス「ツバメ」

蓋物「ジョル ジェット」